長崎県の離島「対馬」といえば、歴史的にユーラシア大陸と日本列島をむすぶ要衝だ。
対馬には日本最古の寺があり、1000体を超える仏像が残されていることから、仏教はまず初めに対馬に上陸し、その後日本全土に広がっていったと推察される。
あるいは750年前、ユーラシア大陸で勢力を拡大する元寇は朝鮮半島を制圧したのち、日本に侵攻する際、一番最初に上陸したのが対馬だ。
宗教も、文化も、蒙古も、大陸から初めて日本列島に上陸するのが対馬なのだ。
そんな日本の玄関口である対馬はいま、ある重大な環境問題に直面している。
2024年10月、ありがたいことに対馬に取材へいく機会に恵まれた。
ヤシノミ洗剤でおなじみサラヤさんが「ブルーオーシャン対馬」という関連会社を設立し、対馬における様々な海洋問題の解決に関与していくそうで、同行させてもらえることになったのだ。
対馬について
そもそも対馬についてあまり知らない、という日本人も少なくないと思うので簡単にご紹介させて頂こう。
韓国と九州のちょうど間くらいにある離島が対馬で、長崎県に属する。
ちょうど間といったが、距離的には韓国の方が近い。
対馬に滞在中、たびたびスマホの通知に「韓国事業者のネットワークに接続」という通知がきたほどだ。
対馬島の面積は約700平方キロメートルで、離島としては佐渡島、奄美大島に次ぐ第3位の大きさ。
人口は2024年10月時点でおよそ27,175人で、例に漏れず対馬も人口減少している地域だ。
ところで筆者は、2021年に世界的大ヒットを記録したPlayStation4のゲーム「Ghost of Tsushima」を発売直後にプレイしていたため、対馬にはいつか行きたいと思っていた。
本作は1274年の元朝と高麗の連合軍による日本侵攻を物語の題材としており、フィールドはもちろん対馬がモデルになっている。
なので今回は聖地巡礼的なモチベーションもありつつ、お邪魔させていただくことになった背景がある。
「ここは…ゲームのあのシーンの場所では?!」
といった具合で対馬に対する解像度は爆上がりし、現地に着いたときの感動は体感2割増し…いや、3割増しになること請け合いなので、まだプレイしていない人はぜひ。
対馬と海洋プラスチックゴミ
グローバル化と資本主義が世界中を席巻する2024年。
大陸から対馬にやってくるのは、仏教徒でも蒙古でも朝鮮通信使でもなく、海洋ゴミだ。
対馬はいま、日本における海洋プラスチックゴミの玄関口となっている。
対馬市の漂着ごみの量は年間で3万〜4万㎥で、全国の市町村の中で最も多い1。
年間約2.8億円の予算を掛けて回収しているが、年回収量は全体のうち1/4程度の約8000㎥ほど。
すべての漂着ごみを回収・処分するために必要な予算が確保できていない状況だ。
インターネットで環境問題について発信している筆者はよく、SNSで
「日本には海洋プラスチックゴミなんてほとんど落ちていない」
といったご意見を頂くことがある。
たしかに、多くの日本人が観光で訪れるような人気の海岸には、あまり海洋プラスチックゴミは落ちていないかもしれない。
それは、人気の海岸には沢山のボランティア団体がいるので、ゴミが漂着したらすぐに回収されるというのもある。
だがそれ以前に、海洋ゴミはあらゆる海岸に等しく流れ着くわけではない。
アジア諸国で発生する海洋ごみは、対馬海流に乗って日本海へ流れ、季節風によって対馬の西海岸へ押し寄せ、対馬が海洋ごみをキャッチしている。
対馬は海洋プラスチックゴミの防波堤のような役割を果たしているわけだ。
ちなみに筆者がよくビーチクリーンをしている神奈川県の海岸線は、横須賀から湯河原町まででざっくり150km。
そしてなんと、対馬の海岸線の総延長はなんと915kmにのぼる。
神奈川でビーチクリーンをしようと思ったら湘南エリアを目指してゴミ拾いをすればいい。
しかし、対馬は島の外周915kmすべてに海洋プラスチックゴミが漂着している可能性があるというわけだ。
しかも対馬の海岸線はあまりに入り組んでいるため、どこにどれくらいのプラスチックゴミが漂着しているのかも、まだ正確に実態を把握しきれていない。
「日本には深刻な海洋プラスチックゴミ問題が存在するのだ」
という大前提をまずはご理解いただいたうえで、皆さんにぜひ考えて頂きたい問いかけがある。
これほどの海洋プラスチックゴミ問題を、私たちはどうやって解決すればいいのだろう?
再資源化はサステナブルか?
テレビや雑誌で組まれるSDGs特集なんかではよく
「海洋ごみを回収して作られた商品です!」
といった感じでリサイクル製品を紹介されることが多々ある。
しかし、本当に海洋プラスチックゴミ問題を解決しようと思ったら
「本当に再資源化が有効な解決策なのだろうか?」
ということは一度立ち止まって考えてみる必要がある。
たとえば自動販売機の横に設置されているリサイクルBOXでペットボトルを回収し、工場に運んで、同じくペットボトルにリサイクルをする「ボトルtoボトル」は、非常に素晴らしい取り組みだ。
回収ボックスに入ってるのは、サイズも形状もほぼ同じ「飲料ペットボトル」なので、分別のコストもほとんどかからないし、品質を維持したまま新たなペットボトルに生まれ変わることができる。
しかし海の上を漂うプラスチックゴミは、自動販売機の横にあるリサイクルBOXとは全く事情が異なる。
漂着するゴミの種類もサイズも形状も多岐にわたり、分別に莫大なコストがかかる。
そして長い時間海の上を漂流して紫外線を浴び続けたプラスチックは、想像以上に劣化している。
海の上で劣化したプラスチックを使用したリサイクル製品は、残念ながら耐久性はあまり高くない。
さぁここで考えてみよう。
A.新たに石油を消費して作られた耐用年数10年以上の新品プラスチック製品
B.劣化した海洋プラスチックゴミを用いた耐用年数5年のリサイクル製品
AとBの商品、果たしてどちらを買う方が、環境負荷が低いと言えるだろうか?
もちろん、どちらも製造時にはCO2を排出することになる。
このように「原料調達」から「廃棄」まで、商品のゆりかごから墓場までの環境負荷を考えることをLCA(ライフサイクルアセスメント)と呼ぶ。
そしてLCA的な観点から考えてみると、海洋プラスチックゴミは再資源化することが必ずしもサステナブルな選択とは言えないのだ。
東京で開催されるSDGsイベントでは「海ごみから作った商品」がもてはやされるかもしれない。
しかし、対馬で海洋プラスチックゴミと対峙する人たちは、必ずしも再資源化が最善とは考えていない。
こんな感じで、我が国が直面する海洋プラスチックゴミ問題は、残念ながらまだ有効といえる解決策を見いだすことができずにいるのだ。
さらに言うと、対馬の海で起こっている異変はプラスチックゴミ問題だけではない。
海の砂漠化
対馬では、日本の海の生態系が破壊されている実態を観測することができる。
ワカメやコンブといった海藻が減少する「磯焼け」が問題になっているのだ。
海藻が減少してしまう原因の一つとして、イスズミやアイゴといった、いわゆる食害魚が増えたことが挙げられる。
海藻が減少すると、海藻を餌とするアワビやサザエ、あるいはカサゴやメバルのように海藻を住処とする多くの生物の減少に繋がり、沿岸生物の生態系全体に影響を及ぼすことになる。
一方、海藻を食べるイスズミやアイゴは独特な磯臭さがあるため、これまでは食用としてはあまり利用されていなかった。
(イスズミは釣り上げると糞がおしりから出てくることもあり「うんこたれ」と呼ばれることがあるらしい。)
県や漁協は2019年頃から増えすぎたイスズミやアイゴを捕獲し、駆除を進めている。
しかし、よくよく考えてみれば、イスズミやアイゴは地球環境に適応し、自然選択の結果としていま現在の海に存在しているわけだ。
食害魚と言っても、私たち人間の経済活動にとって有害なだけで、地球にとって有害なわけではない。
だからこそ、ただ殺生するだけでは、サステナビリティの観点から理想的な解決策とは言い難い。
もっと言うと、万物に神が宿ると考える日本人の倫理観にも反する。
そうは言いつつ、磯焼けの問題も放置するわけにはいかない。
こうした食害魚の問題に解決の糸口を見つけた人がいる。
対馬で養殖業や加工販売、飲食店事業を手がける「丸徳水産」の犬束ゆかりさんだ。
犬束さんは、嫌われものの魚であるイスズミやアイゴを、おいしい食材として味わえるようにすべく、数年間にわたって何度も試行錯誤を重ねてきた。
そして商品化されたのが、イスズミやアイゴを使った”そう介のメンチカツ”だ。
そう介のメンチカツがすごいのは、ただ単に「未利用魚を有効活用しました」程度の話ではなく、一つの料理として非常に完成度が高いのだ。
2019年に開催された魚の祭典「Fish1グランプリ」で、そう介のメンチカツはグランプリ受賞したほどだ。
しかも業界では悪名高いイスズミが材料になっているということで、全国の水産関係者に衝撃を与えた。
以降、メンチカツは丸徳水産が運営する「肴や えん」で定番のメニューとなり、1日5食は注文があるそう。
現在、対馬市内の小中学校でも給食として提供されるほど高い評価を得ている。
筆者もイスズミやアイゴを活用したメニューを食べてみたが、想像以上に立派な海鮮料理に昇華されていた。
もちろん白米はおかわりした。
ちなみに通販サイトから購入することもできるので、現地に行けない人もお試しあれ。
食べることで、日本の海のサステナビリティに貢献することができる。
ただ忘れてはならないのは、イスズミやアイゴはあくまで環境に適応して対馬の海に増えているということ。
磯焼けの問題を根本から解決するためには、相変わらず地球温暖化対策は必要だ。
対馬だけの問題ではない
今回ブルーオーシャン対馬の代表である川口さんにガイドをしてもらいながら対馬を視察した。
川口さんから伺った対馬の歴史に関するエピソードの中で、特に印象に残っている話がある。
対馬藩の大名である「宗義智」(1568-1615年)に関する話だ。
対馬藩は朝鮮外交・貿易の窓口を担ってきたが、1592年に豊臣秀吉による朝鮮出兵が始まったことで、義智は朝鮮攻めの先鋒を命じられてしまう。
その結果、それまで良好だった対馬と朝鮮との関係が壊れてしまった。
そして皆さんご存知の通り、秀吉の死によって朝鮮出兵は失敗に終わったわけだが、続く徳川家康の時代になって義智に命じられたのは、今度は打って変わって「朝鮮との国交回復」だ。
秀吉には攻めの矢面に立たされたと思ったら、家康には仲直りを命じられるという超難題に直面した義智。
しかもその後、朝鮮と国交回復しようと思った義智が朝鮮国王から突き付けられたのは「家康の謝罪の国書」だ。
出兵を命じたのは秀吉なので、家康にとっては「なぜ俺が謝らなきゃいけないんだ」という話なので、もちろん謝罪に応じるはずはない。
義智は、一体どうやってこの難しい局面を乗り越えたのか?
なんと、家康の押印を巧妙に真似て、国書を偽造するという重罪レベルの策を実行し、朝鮮国王の要求に応え、無事に国交回復に導いたのだ。
日本全体の国益に関わる問題を対馬に丸投げし過ぎたからこそ、起こってしまった事件だと言えるだろう。
海洋プラスチックゴミも、磯焼けの問題も、対馬だけが対処すべき問題ではない。
日本全体にかかわる重大な問題であるはずだ。
しかし現状、多くの日本人はその問題を知らず、対馬に住む人たちだけが矢面に立たされる。
対馬に漂着・回収されなかったゴミは、日本海を漂流するので、本島にも海洋プラスチックゴミは漂着するのだから、当然本島に住む人たちにとっても他人事ではない。
私たちにできること
事件は現場で起こっているのだから、まずは対馬にいってみよう。
机上で解決策を考えようとすると、私たちは時として問題の本質を見誤ってしまうことがある。
海洋ごみ問題の再資源化が良い例だ。
海洋ごみをリサイクルして出来た商品は、リサイクルできる質の高いゴミが採用して作られている。
言い換えれば、リサイクルに向いていないその他大部分のゴミは放置されているわけだ。
これだけ大量のゴミが落ちているのに、そのほとんどは有効利用できないという無力感を味わって初めて、海洋ごみ問題と本質的に向き合うことができると私は思う。
実をいうと、筆者はこれまで
「日本ではプラスチックゴミのほとんどを燃やしている」
「熱回収(サーマルリサイクル)をリサイクルと呼んでいるのは日本だけ」
といったように、ある意味サーマルリサイクルを批判的に捉えていた。
しかし、対馬でリサイクルが難しいゴミの山と対峙したとき、サーマルリサイクルを排除することがいかに非現実的か思い知らされた。
ただでさえ手札が少ない中で、熱回収という選択肢を奪ってしまったら、ゴミの山はどんどん積みあがっていくだけだ。
次々と海洋ごみが漂着している海岸のすぐ近くに住んでいる人と、それ以外の人とでは、きっと見えている世界は全く異なる。
対馬を体感しよう
なにも「地球環境のため」なんてモチベーションで対馬に来る必要はない。
島の89%は山林が占めており、天然記念物に指定された原始林があったりして、雄大で美しい自然が堪能できる。
Ghost of Tsushimaが世界中で大ヒットしたように、ユニークな歴史も備えている。
仏像、建造物、朝鮮式山城の金田城跡や古墳など、大陸と混ざり合った文化も面白い。
穴子、ブリ、クロマグロ、カキ、サザエ、新鮮な海の幸はどこで食べても最高に美味しい。
なんと言っても古来より朝鮮半島から人の往来が多い対馬の住民には、おもてなしの精神が根付いている。
次の旅行の計画には、ぜひ対馬を選択肢に加えてみてほしい。
きっと皆さんを温かくお出迎えしてくれるだろう。
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