ボルネオ島に行って見えてきたパーム油の根本的な問題とは?

サステナビリティというものへの注目度は日に日に高まりつつある。

EVや再エネをはじめとする脱炭素関連、プラスチックの有料化やストロー廃止など海洋プラスチックゴミ関連などなど。

大手広告代理店が毎年実施している生活者調査によれば「SDGsの認知度」は2018年時点では14.8%だったのに対して2022年では86%にまで上昇(*1)しているそうだ。

テレビやネット、SNSでもSDGsとかサステナブルという言葉を見聞きする機会が増えたことは多くの人が納得するだろう。

まぁ必ずしも肯定的な意見ばかりが聞こえてくるわけではないが、いずれにせよ世間の注目度が高まっているテーマであることは間違いない。

ただ、個人的に気がかりな部分がある。

それは、パーム油という言葉がなかなか聞こえてこないということだ。

生態系や貧困などSDGsが達成すべきとして掲げている多くの目標に関わってくるのがパーム油であるはずだが、脱炭素や脱プラに比べればあまりにも影が薄い

もしかしたら本記事をご覧いただいている方の中でもパーム油問題をご存知ない方はいらっしゃるかもしれない。

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「パーム油問題」とは?

アブラヤシの果実から得られる植物油がパーム油

オリーブオイル、ひまわり油、菜種油、大豆油…。

世の中にはいろんな植物油があり、パーム油も植物油の一種である。

一種どころか、世界で最も生産量の多い植物油がパーム油だ。

日本人も年間5kgのパーム油を消費していると言われている。

一方で、増え続けるパーム油の需要に対応するためアブラヤシ農園の開発は加速し、熱帯雨林がどんどん伐採されていっている。

出典:https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4339.html

2015年時点でボルネオの熱帯雨林3分の1がすでに消失してしまった。

ところで、世界で最も消費されている植物油という割にはパーム油という言葉にあまり馴染みがない、と感じた方もいるかもしれない。

この疑問こそがパーム油問題の解決を難しくしている原因の一つでもある。

実は私たち消費者は「パーム油」という言葉に接する機会が少ないのには理由があるのだ。

それは、パーム油は商品パッケージには

  • 植物油
  • 植物油脂
  • マーガリン
  • ショートニング
  • グリセリン

といった単語で表記されるため、日常生活においてパーム油という言葉が視界に入ることがほとんどない

そんなわけでパーム油は「見えない油」と呼ばれたりしている。

パーム油という言葉に接触する回数の少なさも、問題に関心を持つ人が少ない原因かもしれない。

いずれにせよ、問題の深刻さと世間の注目度は明らかに不釣り合いだ。

こうした現状に危機感を頂いた私は、2020年以降、少しでも多くの人にパーム油をめぐる問題を知ってもらうため、SNSやブログを使って情報発信をしてきた。

ただ、私にはパーム油と熱帯雨林が抱える問題と向き合ううえで決定的に不足している要素があった。

それは自分自身の目で問題が起こっている現場へ赴くという経験である。

2020年には世界的なパンデミックが発生し、海外への渡航は制限されていたが、2023年にようやく国内では新型コロナウイルス感染症に関する扱いが変更され、渡航に関する規制は緩和。

そして幸運にも、日本企業として最もパーム油問題やボルネオの環境保全に力を入れているサラヤ様からお声がけ頂き、ボルネオに行く機会に恵まれた。

ボルネオという島

アブラヤシは赤道直下の熱帯地域でしか育たない。

全パーム油のうち、インドネシアで55%、マレーシアで32%が生産されている。

特にアブラヤシのプランテーションが集中しているのがボルネオ島だ。

グリーンランド、ニューギニアに次いで世界で3番目に大きい島で、面積にして日本の約1.9倍。

マレーシア、インドネシア、ブルネイの3か国が領有権をもつ広大な島で、インドネシアではカリマンタン島とも呼ばれている。

地図を見てもらえれば分かる通り、マレーシアの首都クアラルンプールがある半島とは別の島だ。

なのでクアラルンプールから飛行機を乗り継いでボルネオに行く必要がある。

マレーシア到着

パーム油がマレーシアにとっていかに重要な産業なのかは、入国時に実感できる。

クアラルンプール到着を知らせる機内アナウンスが聞こえ、窓の外に目をやると、眼下にはアブラヤシ農園が飛び込んでくる。

マレーシアの国土面積は約3,300万haで、そのうち約590万ha(*2)がアブラヤシのプランテーションとして開発されている。

世界で2番目にパーム油を生産している国の光景である。

マレーシアは70年ほど前までは天然ゴムが代表的な輸出品だったが、石油由来の合成ゴムの普及によって需要が低下。

1950年代中頃からは収益性を求めてパーム油生産へとシフトし、1970年代には国の重要輸出品目へと急成長を遂げた。

マレーシア政府にとってもパーム油は重要な品目なのだ。

ただ、クアラルンプールの着陸時に機内から見えるアブラヤシのプランテーションは、マレーシアに存在するアブラヤシのほんのごく一部に過ぎない。

オランウータン・リハビリテーション・センター

©︎Yusuke Abe

ボルネオ島について最初に向かったのはサンダカン郊外にある「セピロック・オランウータン・リハビリテーション・センター」だ。

密猟や森林伐採によって親をなくしたオランウータンを保護し、自立するためのトレーニングをし、野生にかえすためのリハビリ施設だ。

熱帯雨林が減少し続け、今この瞬間も野生のオランウータンの住環境は悪化し続けている。

ボルネオ島にはオランウータンのほかに、テングザルやミナミブタオザルといった霊長類がいる。

ミナミブタオザル ©︎Yusuke Abe

これらの霊長類はとても社会性の強い種なので集団で行動をする。

一方のオランウータンは単独性の強い動物なので、ほかのオランウータンと群れることが少ない。

なので小さな子どものオランウータンにとって、たった一人の親が生命線となるのだ。

一度人間に保護され、自然界に戻されると、真っ先に食物連鎖の餌食となるのが単独で行動する生き物だ。

これ以上個体数を減らさないためにも、野生に戻るためのトレーニングができるこの施設は重要な場所なのだ。

そして今回のボルネオツアーで唯一、オランウータンを見ることができた場所でもある。

オランウータン ©︎Yusuke Abe

野生で見ることはできないほど希少な存在になってしまったという現実の裏返しでもある。

オランウータンはレッドリストにも載っている近絶滅種だ。

個体数は100年前に比べると約80%も減少したといわれ、現在はおよそ4万5,000頭ほどしかいない。

オランウータンとは「森の住人」という意味だが、人間が管理する施設でしか見れなかったというのはなんとも皮肉な話であろう。

付け加えておくと、このリハビリ施設内でもオランウータンはそう易々と姿を見せてはくれない。

施設のスタッフの方が呼びかけたり、餌の合図をしたりして、ようやくお目にかかることができる。

オランウータンはいかに希少な生き物なのかを痛感するばかりだ。

いずれにしても、ボルネオに来て必ずオランウータンを見たいという人は、このリハビリテーション・センターに寄っておいた方が良い。

ボルネオでオランウータンに出会えるチャンスは意外と少ない。

サンダカンで見た車内からの景色

サンダカンでは常にガタイの良い四駆の自動車で移動した。

デコボコ道の多いこのエリアを走破するのにぴったりの車だ。

そして後部座席に座ってじっと窓の外を眺める時間が延々と続く。

これが日本だったら退屈な時間だったかもしれない。

しかし、この淡々と過ぎる時間はボルネオ島においては有意義だった。

なんてことのない景色にこそ、取り繕われていない現地のリアルな生活が垣間見えるものだ。

どれだけ長距離を移動しても、窓の外には延々とアブラヤシのプランテーションが広がっている。

そしてそこに住む人々は、文字通りアブラヤシとともに暮らしているのだ。

アブラヤシのプランテーションの近くにお店があり、家があり、学校がある。

そこに住む人々は誰もがみなパーム油という産業の中で生活している。

そして意外なことに、たとえ現地の人であっても

「ボルネオには豊かな熱帯雨林がある」
「そこにはオランウータンやゾウが生きている」

ということさえ知らない人たちも少なくないという。

彼らにとってはパーム油こそが紛れもない目の前の現実なのだ。

熱帯雨林も、オランウータンも、ゾウも、外の世界の人たちが掲げるご立派な正義に過ぎないのかもしれない。

彼らに対して

「パーム油は熱帯雨林の破壊につながっている」
「今すぐアブラヤシの栽培をやめるべき」

と伝えることは、すなわち彼らの家も、職場も、学校もいますぐ取り上げるぞ、と言っているのに等しい。

そもそもパーム油を必要としてきたのは日本や欧米に生きる人々であることを忘れてはならない。

アブラヤシはいわゆる「換金作物」というやつで、基本的には誰かに売るためだけに栽培される。

お米のように、自給自足もできるような農作物とは決定的に違う点である。

先進国に生きる人々が、美味しいカップ麺やポテトチップスを食べるため、豊かな生活を謳歌するためにパーム油は必要とされてきたのだ。

経済的に豊かな工業国が、発展途上にある農業国の自然資源をどんどん開発し、先進国には経済発展を、途上国には貧困や環境破壊を生み出すという不均衡は「南北問題」とも呼ばれ、こうした事例はパーム油に限らずいくらでもある。

さらに、最も安価な植物油であるパーム油に対するどんな決定も、間違いなく世界中の食糧供給に深刻な影響を及ぼすだろう。

2022年、世界の穀倉地帯であるウクライナとロシアで争いが起こった。

そして小麦の流通が不安定になり、世界で食料価格が高騰した結果、アフリカで食糧危機が発生した。

エチオピア、ケニア、ソマリアの3か国は特に深刻な打撃を受けた。

国連世界食糧計画(WFP)によれば、2019年以降飢餓に直面する人の数は1億2200万人増加(*3)したそうだ。

食糧危機というものは、日本人はニュースで見たり教科書で学ぶだけかもしれないが、現実にこの危機の渦中にいる人が沢山いる。

深刻な飢餓に苦しむ人の数は、現在世界7億3500万人。

世界で最も安価な植物油がなくなったら世界にどんな影響をもたらすかは想像に難くない。

私たちは簡単にパーム油をなくそうと言えるが、その代償を真っ先に引き受けるのは、私たちではなく、貧しい国に住む人たちである。

上空から見るプランテーション

ボルネオに生い茂る広大なアブラヤシを見ても、多くの人はきっと「緑豊かなだなぁ」くらいにしか思わないかもしれない。

特にハワイが大好きな日本人にとって、ヤシの木に対してネガティブなイメージを持つ人は少ないかもしれない。

ちなみに南国のリゾート地でよく見かける、いわゆる”ヤシの木”は「ココヤシ」と呼ばれ、西アジアとかオセアニア地域が原産だ。

一方ボルネオ島でよく見かけるアブラヤシもヤシの木の一種ではあるものの、原産は西アフリカで、19世紀ごろインドネシアに持ち込まれた。

当初は観賞用として持ち込まれたそうだが、その収益性の高さから徐々に商用作物に変化していった。

原産国のアフリカよりもマレーシアの方が普及した理由は、やはりマレーシア政府が国策として後押しした側面が大きいだろう。

余談はさておき、ヤシの木が生い茂る緑色の景色は人間たちには好かれるが、自然界ではあまり歓迎されない

広がる緑のほとんどが生物多様性を育むことがないからだ。

何百種という樹木に覆われた熱帯雨林が、ほぼ一種類の木だけが延々と広がる林になってしまい、多様な木々に依存していた生き物たちの棲家がなくなってしまうのだ。

いかに人為的に作り出された緑色の景色であるかは、上空から見ればより鮮明に分かる。

自然が残っているところはデコボコに木が生えている。

ただ、人間が手を加えたプランテーションの部分は異様なほどに整然としている。

熱帯雨林がプランテーションに転換されると、8割以上の哺乳動物、爬虫類、鳥類が消失するそうだ。

これだけ広大な緑が広がっているのに、そこに生態系が育まれていないというのは、恐ろしさや虚しさを感じずにはいられない。

豊かな生態系はポテトチップスやアイスクリームの犠牲になってしまったのかと考えると、何ともやり切れない気持ちになる。

幸いにも、こうした現状に危機感を抱き、生態系を回復しようと努めている人たちもいる。

それがNPO法人ボルネオ保全トラストだ。

彼らは、キナバタンガン川沿いの土地を所有者から買い戻して森に再生し、熱帯雨林を一つに結ぶ「緑の回廊プロジェクト」に取り組んでいる。

所有者から買い取ることでアブラヤシプランテーションの開発が分断してしまった森をつなぎ、生物多様性を保全しようとしているわけだ。

ただそれでも、現状の寄付金額と彼らの保全活動だけでは決して十分とは言えない。

2022年11月に世界人口は80億人を突破した。

パーム油の需要はこれからも伸び続ける。

アブラヤシプランテーション

パーム油問題を考えるうえで生産者とのコミュニケーションは欠かせない。

サウィット・キナバルというサバ州最大規模のパーム油企業が運営するプランテーションにお邪魔させていただいた。

まさにパーム油問題の最前線である。

これまで自分が散々インターネットで発信してきた本物のアブラヤシの木や実に触れることができ、そこはかとない感動を抱きつつ。

この木や実こそが、人間の欲望を掻き立て、野生動物の住処を奪っているんだというジレンマもあった。

農園では、アブラヤシの実の収穫を体験させてもらった。

パーム油の農園に携わる当事者と同じ体験をしてこそ、この問題の機微に触れることができるので、非常に貴重な体験だった。

ここで収穫された果実は、プランテーションからそこまで遠くない搾油工場まで運ばれ、そこで油を抽出することになる。

パーム油搾油工場

粉砕して種子と果実の果肉から別々に油を抽出する。

果実からの油は食料生産に使用され、種子からの油は主に石鹸や工業用、加工食品用に使用される。

アブラヤシの実は、収穫後24時間以内に搾油しなければ油の品質が劣化してしまう。

なので、サウィット・キナバルのように資本力のある企業のパーム油生産は、すべてが効率化・オートメーション化されている。

言うまでもなく、私たちが見た農園や工場の景色は、ボルネオにおけるパーム油産業のごく一部に過ぎない。

パーム油生産面積に占める小規模農園の割合は2020年時点で全体の16.7%(*4)を占めており、小規模農家の割合は近年高くなっている

そして小規模農家は、劣悪な労働環境、貧困、児童労働、農薬による健康被害と常に隣り合わせにある。

キナバタンガン川

今回のツアーでは野生生物を観察することは分かっていたので、ジャングルの中を彷徨う想像をしていたが、実際にはボートクルーズで船上からの観察となった。

大量の人間が森の中を歩くこと自体が動物にとってストレスになるので、ここではボートクルーズが基本らしい。

キナバタンガン川を渡る船上からは、テングザル、ミナミブタオザル、ワニ、色んな野生生物を観察することができた。

が、やはり観光客たちから特に人気が高いのはゾウだ。

キナバタンガン川の支流、メナンゴール川に野生のボルネオゾウがいたという情報が入り、観光客を乗せた沢山のボートたちが集結し、ボルネオゾウの登場を今か今かと待ちわびていた。

多様な人種の観光客が大量に集結した周囲を見渡しながら

「これだけ人間が繁殖し、豊かな生活を追求し続けた結果、ボルネオゾウは簡単にお目にかかれない動物になってしまったんだな…。」

としみじみと感じながら、私もボルネオゾウの出現を待ちわびた。

すると、水を飲みに来たゾウを木陰から見ることができた。

しかし、人間が沢山いて警戒していたのか、必要以上に森から出てくることはなかった。

そして結局ボートクルーズ初日はゾウが見れそうな場所を行ったり来たりして終わった。

ボートクルーズ2日目にしてようやく、川で水浴びをするゾウの群れに遭遇することができた。

©︎Yusuke Abe

野生で遭遇するゾウは、檻の中で見かけるのとは全く異なる次元の感動がある。

人間にエサを与えてもらうわけでもなく、限られた空間しか移動できないわけでもない。

自分たちの意思で自由に広大な森の中を移動をし、枝を折り、水浴びをし、仲間とコミュニケーションを取り、鼻で泥を払いながら悪路を歩いていく。

そんなゾウたちの一挙手一投足すべてが新鮮だった。

動物園に行けば簡単に動物に出会えるが、野生の動物たちと出会うのは決して簡単なことではない。

いやむしろ、お目当ての動物になかなか会えないというプロセスは、私たち人間にとって必要な苦労なのかもしれない。

「もっと早く、もっと簡単に、もっと便利に。」

人間に豊かさをもたらしてきた文明が、野生の動物たちを遠ざけ続けてきたのだから。

ほんの少しだけ姿を見せ、再び森の中へと消えていくゾウの後ろ姿を見ながら、私はそんなことを感じた。

ちなみにこの吊橋は、オランウータンが川を渡れるよう、サラヤやボルネオ保全トラスト、地元のNGOや派生生物局が協力して設置した吊橋だ。

熱帯雨林が失われると、森が小さく分断され、泳げないオランウータンは大切な食糧がとれなかったり、繁殖の機会が失われてしまったりする。

ボルネオ保全トラストは、こうした吊橋をキナバタンガン川沿いの森の中にいくつも設置し、命を繋げる取り組みをしている。

ボルネオ・エレファント・サンクチュアリ

パーム油の需要の増加により熱帯雨林は伐採され、ゾウたちの住処は年々減り続けている。

そして野生のゾウたちは、エサを求めて森林だった畑を荒らしたり、村落に出現するようになった。

逆に住民たちはゾウを駆除するようになった。

そんな人間との対立によって傷ついたゾウたちが、ボルネオ・エレファント・サンクチュアリ(BES)で保護されている。

サラヤ、ボルネオ保全トラスト、旭山動物園など日本の団体や企業がボルネオへの恩返しプロジェクトの一環としてBESは設立された。

ボルネオゾウはすでに2000頭もいないと言われている。

ゾウたちの住処は現在も失われ続けている。

だからといって、ゾウと対立する農家を一方的に責めることもできない。

動物を傷つけるなと言うのは簡単だが、これもやはり他国の自然資源をもらうだけもらって経済発展してきた国、安全地帯に住む人間の論理である。

パーム油をただ消費するだけの国に住む者たちにとって、ゾウは動物園とかNetflixでただ愛でるだけの存在かもしれない。

しかし、パーム油を生産する農家の人たちにとっては自分たちの生活を奪い去るリスクをはらんだ危険な存在なのだ。

とは言いつつ、ゾウたちが生きる場所がなくなってきているのも紛れもない事実。

このように、パーム油問題は常に明確な答えのない曖昧さをはらんでいる。

ゾウの命も、農家の生活も、白黒つけられることはほとんどない。

それでもベターな選択をし続け、一歩ずつ答えに近づいていくしかないのだ。

安易な答えにすがりつけば、別の誰かが傷つくだけだ。

BESは現状、ボルネオのゾウたちにとってベターな空間なのだ。

ただし、BESにゾウが増え続けるということは、野生で生きられるゾウが減っていることの裏返しであることも忘れてはならない。

パーム油をめぐる本当の問題

世界はいまだパーム油問題の解決の糸口を見いだせずにいる。

「パーム油以外の植物油を使えばいいじゃないか」

と考える人もいるかもしれないが、パーム油は最も単位面積当たりの生産効率が高い植物油なので、ほかの植物油で代替すればさらなる環境破壊に繋がる。

パーム油に次いで生産量の多い「大豆油」を考えれば分かりやすい。

大豆の生産量第1位のブラジルではアマゾン熱帯雨林の伐採が凄まじいスピードで進行している。

「パーム油以外の油を使おう」という提案は「ボルネオ以外の場所を破壊しよう」と言っているに過ぎないわけだ。

「パーム油不使用」をうたっている商品を見かけたら「代わりに何の油が使われているのか?」と疑問を持つべきだ。

パーム油問題の解決策を考える上では常に「世界中の企業が一斉にその代替案を選択したらどうなるか?」を念頭に置く必要がある。

そう考えると、パーム油問題には現状、これで解決できるという特効薬みたいなものは存在しない。

じゃあ世界はパーム油に対して何もできないのだろうか?

いや、そんなことはないはずだ。

根本的な話ではあるのだが、パーム油問題の存在を知っている人の数があまりに少なすぎる。

ざっくり言えばパーム油は社会問題としてマイナー過ぎるのだ。

どんな社会問題であれ、それが問題だと思う人の数が増えれば増えるほど、新たなアイデアやイノベーションが生まれる可能性は高くなる。

畜産による環境破壊も、注目する人の数が多いからこそ、大豆ミートや培養肉といった代替肉の技術革新が次々と起こっている。

一方、パーム油を問題だと思っているのは、一部の大学教授や専門家、環境意識の高い団体・企業・生活者たちだけである。

日本の人口にして数%くらいといったところだろうか。

なので、まずは今よりもっとパーム油問題の知名度をあげていく必要がある

そのためにも、パーム油についての話し合いの場であるRSPOに、今よりもっと多くの企業が参加することが求められる。

RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)とは日本語で「持続可能なパーム油のための円卓会議」のこと。持続可能なアブラヤシ製品の成長と使用を促進することを目的として、世界自然保護基金(WWF)を含む関係団体によって2004年に設立。RSPO認証ラベルがあると「RSPOから持続可能だと認められたパーム油が含まれた商品」であることを意味する。

RSPOの認証を受けているパーム油は、世界のパーム油生産量の18.9%程度(*5)に過ぎない。

パーム油を使用している商品の数に比べてRSPOの認証ラベルが表示されている数もまだまだ少ない。

そして、黙っていれば企業がパーム油問題を勝手に解決してくれると思っていたら、それは大間違いだ。

企業に変化を促したいのなら、その責任は消費者にある。

生産と消費は表裏一体である。

企業はいつだって消費者が求めるものをつくるのだ。

消費者が求めていないのに、企業が勝手にパーム油を使い続けるなんてことはありえない。

消費者が「もっと美味しく」「もっと便利に」「もっと安価に」を求めた結果、企業はパーム油にたどり着いたのだ。

もし企業に変わって欲しいと願うなら、その願いは購買行動で示す必要がある。

つまり、なるべくRSPO認証ラベルのある商品を買うようにして、「私たちはRSPOを求めている」という意思表示をするべきだ。

当然のことながら、企業にとってもRSPOという仕組みに参加することは相応の負担が求められる。

RSPO認証のパーム油は、認証のない油に比べて価格も高い。

要するに、多くの消費者がRSPOの商品を求めているという前提がなければ、企業にとってはRSPOに参加し、ラベルを表示するインセンティブが働きにくいのだ。

上場しているような大企業ならなおさら、それが儲かるための施策であることを株主に示すことが求められる。

基本的に企業の行動原理は「売れるかどうか」である。

「パッケージにRSPOのラベルを表示した方が売れる傾向にある」と分かれば企業はすぐにでも行動を起こすだろう。

しかし現状、コンビニやスーパーで商品を手に取ってRSPOのラベルを探している消費者がどれだけいるだろう?

RSPOのラベルがあってもなくても売上にほとんど影響がないからこそ、企業は重い腰をあげる理由がないのだ。

RSPOの存在を消費者たちが知ってこそ、円卓会議に参加する企業が増えることを忘れてはいけない。

ところで、実はRSPOにも「基準が緩い」といった批判の声は沢山あったりする。

ただ、それもひとえに「RSPOの存在を知っている人が少ない」からこそだ。

RSPOに対して向けられる監視の目が増えれば増えるほど、仕組みも今より改善されていくに違いない。

はっきり言ってRSPOの仕組みがどうの、というのは問題の枝葉に過ぎない。

RSPOの存在はおろか、パーム油という言葉も、熱帯雨林が破壊されているという現状も知らない人が多い…。

この現状こそが問題の本質である。

問題を知っている人の母数を増やし、パーム油を今よりメジャーな社会問題にすることが何より急務であると私は考えている。

最後に

熱帯雨林が身近に感じられない人は沢山いるかもしれない。

しかし熱帯雨林と無関係でいられる人間はだれ一人としていない

地球の大気中に含まれる酸素の40%を供給し、地球全体の健全な降雨量を調整し、西洋医薬の25%を生み出している。

それが熱帯雨林という場所だ。

あらゆる生き物が熱帯雨林の恵みを受け取って生きている。

いま私たち生活者にできることとしては、なるべくRSPOの認証ラベルのある商品を選ぶこと。

しかし、RSPOも多くの利害関係者が所属しているわけで、意思決定にはどうしても時間がかかる。

かといって、今こうしている間にも熱帯雨林は失われ、動物の個体数も減り続けている。

もう少し踏み込んだアクションをしたいのなら、ボルネオを守ろうとしている人たちを支援して欲しい。

たとえばサラヤでは、ヤシノミ洗剤、ハッピーエレファント、ココパームといった商品の売上の1%をボルネオ保全トラストに寄付したり、RSPO認証油の普及を支援している。

こうした商品を買うことで、私たち生活者も、間接的にボルネオの自然を守る活動に加わることができる。

そして繰り返しにはなるが、パーム油問題を解決するためには「パーム油問題を知っている人の数を増やす」ことがとにかく重要だ。

人を破壊に駆り立てているのは「無知」である。

パーム油が一体なんなのか?なぜパーム油は森林伐採に繋がるのか?熱帯雨林が減少することのなにが問題なのか?

こうした問題を、多くの人が知らないだけだ。

人類はなにも「自然破壊をしてやろう」という悪意に基づいて木を伐採し続けているわけではない

無知を自覚し、過ちを正しながら、人類は少しずつ進歩してきた。

だからこそ問題を知っている私たちには、シンプルながら、とても有効な行動をとることができる。

人に伝えていこう。

人々の関心を広げ、パーム油問題を知っている人が1人でも増えれば、今よりもっと状況はよくなるはずだ。

もし熱帯雨林の破壊を止めたいと願う人はぜひ、SNSなどをつかって情報発信をしてみて欲しい。

世界は自分の写し鏡。

己を変えれば世界も変わる。

誰かに変化を期待するのはやめて、今日から私たち自身が変化を起こしていこう。

クラウドファンディング挑戦中▶パーム油と地球の危機を日本中に伝えたい

【参照】
(*1)https://www.dentsu.co.jp/news/item-cms/2022016-0427.pdf
(*2)https://www.maff.go.jp/j/budget/yosan_kansi/sikkou/tokutei_keihi/seika_R03/attach/pdf/itaku_R03_ippan-159.pdf
(*3)122 million more people pushed into hunger since 2019 due to multiple crises, reveals UN report
(*4)https://www.maff.go.jp/j/budget/yosan_kansi/sikkou/tokutei_keihi/seika_R03/attach/pdf/itaku_R03_ippan-159.pdf
(*5)パーム油の持続可能性に関する認証システムの概要

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