SDGsが胡散臭いと感じる理由と個人的な感想について

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RYU

生まれも育ちも神奈川県。サステナブル生活2年目。自宅の電気を再エネに切り替えました。フォロワー3万人のInstagramを中心にSDGs、地球温暖化、エシカル消費などの情報を発信するメディア「サステラ」を運営中。

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ここ最近、テレビやネットニュースなどで「SDGs」という言葉を頻繁に目にするようになったと思います。

私もかれこれ1年近く、SDGsとか環境問題に関する情報発信をしてきましたから、日に日に世間の注目度が高まっていることを肌で感じています。

しかし同時に、常日頃からSDGsという情報に触れているからこそ

「SDGsってなんか怪しい」
「SDGsは胡散臭い」

といったネガティブな意見を見たり聞いたりする機会も多いです。

SDGs関連のニュースで、Yahoo!ニュースとかYouTubeのコメント欄を見れば、このような意見が少なくとも1個は見つかります。

ただ私はSDGsという情報を発信する立場にいながら、多くのネガティブな意見を

「うん、確かにその通りだな。」

と思いながら見ています。

SDGsに関する情報を発信していながら、ネガティブな意見を否定しない理由は何なのか。

本記事では、SDGsが胡散臭いと感じる理由と、私の個人的な見解について述べさせていただきます。

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「広告代理店・マスコミのゴリ押しだ」

このような意見をよく見聞きします。

これに対しては、本当にその通りだと思っています。

現状SDGsはゴリ押しされまくっています。

そして大企業やマスメディアが一斉に報じることで、なんとなく

「広告代理店の謎の力が働いているんじゃないか?」

と感じてしまう人もいるかもしれません。

その気持ち、よーく分かります。

パンケーキしかりタピオカしかり

「それ明らかに作られた流行じゃないの?」

と疑問に思うことは、私も日常において多々あります。

ただし、パンケーキやタピオカとは異なるのは、SDGsがゴリ押しされているのは日本国内だけではないという点です。

ヨーロッパ、中国、アメリカなど世界中の国々でゴリ押しされています。

ゴリ押しととらえるか、普及ととらえるかの違いですかね。

そして日本国内でSDGsを普及させるために広告代理店は大きく関与しています。

なぜなら、悲しいことに日本は世界的に見てもSDGsの認知度が圧倒的に低いですからね。

先進国では最低レベルの認知度です。

そりゃー誰かがゴリ押ししないと認知してもらうことは出来ません。

しかし、SDGsそのものが、日本の広告代理店やメディアが主導して生み出された流行じゃないことは確かです。

主導しているのは国連です。

(いま日本企業に世界のトレンドを生み出せる力がないことは、おそらく皆さん自身が実感していることだと思います。)

「SDGsは金儲けに使われている」

という意見をよく耳にします。

これに関しては、全くもってその通りで、否定する気は1ミリもありません。

だって、ビジネスを通してSDGsを普及させることを国連がオフィシャルに推奨してますからね。

ビジネスを通してSDGsを普及させようとしていることの背景には、実は世界の「過去の反省」があるんです。

2000年のMDGs(SDGsの旧バージョン)や、従来の国際協力、開発援助などは

「先進国が途上国を一方的に支援する」

という性質のものが主流でした。

「SDGsをビジネスでやるな」と考える方もいらっしゃいますが、実はビジネスとしてやっていない時代が実際にあったんです。

そしてビジネスとしてやらず、「一方的な支援」をすることで、多くの課題を残すことになってしまったのです。

なぜなら、自分たちに余裕があるときに余裕がある分しか支援ができないからです。

どの国も、まずは自国が優先ですからね。

しかしこれだと、途上国の未来は、先進国の都合に左右されてしまうことになります。

「救助疲れ」なんていう言葉があるくらい、身を削る一方的な支援には限界があるのです。

でも、途上国にも先進国にも、互いにメリットがあるとしたらどうでしょう?

支援することが利益に繋がるなら、それはもはやビジネスですから、先進国の企業も積極的に取り組むモチベーションになります。

皆さんも小さい頃、「家の手伝いをしろ」と言われたらやる気が起きなくても、「お小遣いをあげるから」と言われたらやる気になる…そんな経験したことありませんか?

結局のところ、国や企業も、互いにメリットがある方が積極的に問題解決へのリソースをさくことが出来るんです。

世界が抱える課題を解決するビジネスのことをソーシャルビジネスと呼びます。

例えばTHE BODY SHOPは「援助ではなく取引を!」をモットーに30年以上もソーシャルビジネスの最先端を突き進んでいます。

ガーナやサモアなど、品質の高い自然原料があるのに活用する機会がない地域と、適正価格での持続的な取引関係を築くことで、自立をサポートしています。

相手を弱き者と見なさず、対等なビジネスパートナーと認めているわけです。

そして援助ではなくビジネスですから、現地には新たな経済や雇用が生まれます。

一方、THE BODY SHOPは現地の高品質な原料を安定して確保することが出来ます。

これはまさに、互いにメリットのあるWin-Winな関係です。

互いにメリットがあるからこそ、互いに継続することができるわけです。

どちらか一方が苦しむ関係は、あまり持続可能とは言えないかもしれません。

環境問題にしても同じで、地球とビジネスはWin-Winな関係を築くことができます。

リサイクル素材の洋服が利益になるからこそ、アディダスは積極的に海からプラスチックゴミを拾ってくるのです。

環境問題に貢献してもお金にならないのなら、ビヨンドミートやインポッシブルフーズが代替肉を生み出すことはなかったかもしれません。

時計の針を遅らせるには、ビジネスが生み出す大胆なイノベーションが必要です。

ですから、SDGsで掲げている目標を達成するため、ビジネスを通して普及させようとしているわけです。

ボランティアにしろ、SDGsにしろ、間違いないことが一つあるなら「お金が必要」だということです。

Wikipediaだって無料で使えるけど「募金してください!」ってデカデカと表示してお金を募ってますよね。

いくら無料で使えるとはいえ、サーバーを維持するのにはお金がかかりますからね。

ああいう風にお願いをするのか、Googleみたいに検索エンジンの上の方に「広告枠」をつくるのか、その違いでしょうか。

ボランティアとSDGsの違いもおそらくおなじようなものです。

人の善意に任せて募金をするか、ビジネスとして普及させることを是として企業たちに自ら動いてもらうか、その違いです。

「SDGsはヨーロッパの思惑だ」

という意見も散見されます。

この意見に関しても完全に同意します。

最近、アメリカと中国の2大国がデジタル分野で世界をリードしています。

アメリカにはGoogle、Apple、Facebook、Amazon、いわゆるGAFAという巨大IT企業があります。

中国にもバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ、通称BATHと呼ばれる巨大IT企業があります。

常に世界史の主役だったヨーロッパはというと、残念ながらデジタル分野では影が薄いです。

そんなヨーロッパが、再び世界の主導権を握るために「デジタルだけじゃなく人権とか環境も大切にしよう」ということでSDGsを掲げている…。

SDGsには、そんなヨーロッパの思惑も少なからずあろうかと思います。

ただ私は、SDGsに対する批判を見たり聞いたりしていて、いつも思うことがあります。

それは「SDGsの中身について批判されることがほとんどない」という点です。

例えば、SDGsの1番目に掲げられている目標は「貧困をなくそう」です。

これについて批判できる人がいるとは到底思えないのです。

「貧困なんて存在しない」「貧困は陰謀だ」

と言える人がどれだけいるのでしょう?

あるいは8番目に掲げられている「働きがいも経済成長も」という目標について。

全人類が働きがいのある仕事ができていると断言できる人がどれくらいいのでしょうか?

私はこれまで「働きがいなんて実現するな!」なんていう人に出会ったことがありません。

そうです。

SDGsで掲げられている目標はすべて、早晩解決すべき問題なのです。

SDGsという言葉はなんとなく胡散臭くても、その中身自体はどれも

「人類が解決すべきだと思ってきたけど先送りにされてきた、実際に存在する問題」

で構成されているのです。

究極的に「SDGs」という言葉はどうでもいいと思っています。

誰が主導していても関係ありません。

ただ、誰かが主導しなければ物事は前には進みません。

それを主導するのは、おそらく中国やアメリカよりも、人権意識や環境意識が強いヨーロッパの方が適任であることは間違いないでしょう。

確かなことは、この世界には遅かれ早かれ解決すべき問題があるということ。

そして、それを2030年に区切って解決しようとしている。

それだけの話です。

最後に

以上が「SDGsは胡散臭い」という意見に対する私の考えです。

SDGsに反対する人たちの意見は、すべて一理あると思っています。

じゃあSDGsに賛成する人と反対する人は、一体何が違うのか?

それは、解釈の違いだと思います。

たとえば

「SDGsはビジネスだ」

というのは全く持ってその通りなわけで、賛成派と反対派には

「ビジネスを善ととらえるか悪ととらえるか」

という解釈の違いがあると思っています。

皆さんが利用している検索エンジンだってSNSだってYouTubeだって、がっつりビジネスです。

皆さんが利用しているパソコンだってスマートフォンだって、ビジネスの塊です。

これらを

「テクノロジーの進化によって人々の暮らしは豊かになったな」

と思う人もいれば

「すぐに情報が調べられるようになって人間は思考力が落ちた」「SNSで誰とでも繋がれるようになって対面での人間関係が希薄になった」

みたいに考える人だっています。

そしてどちらの意見にも一理ありますよね。

あとは自分自身でそれをどう解釈するか次第です。

「でもお前はSDGs賛成派なんだろ?」

「どうせ最後にはSDGsに賛成しろと言うんだろう?」

と聞かれたら、そんなこともありません。

いえ、もちろん仲間が増えるのはとても嬉しいですが、他人の思想を変えるのは容易ではありません。

それは、リベラルだろうが保守だろうが同じことです。

実際、日常生活で家族とか友人に対してSDGsの話を振ることってほとんどないです。

こうやってネットで書き散らかした駄文を誰かが読んでくれて、1人でも共感してくれる人がいたらいいなぁ、くらいの気持ちです。

そもそも、私だって本来は正義感が強い人間でもなんでもありません。

むしろ地球温暖化とかに危機感を持つ人たちのことを

「意識高いなー」

と思う側の人間でした。

2020年からSDGsに関する情報発信をするようになったのも、別に大それた動機があるわけではありません。

ただ、せっかくなら世界の潮流に乗る方が、2030年までの10年間を楽しく過ごせそうだと思ったからSDGsに賛同しているだけのことです。

別に人生に大きな目標があったわけでもないし、情熱を注げる趣味があったわけでもない。

だったら1個だけでも、人生の軸となるものがあったらいいな、そんな気持ちでSDGsに取り組んでいます。

SDGsに乗っかるのなんて、その程度の動機でいいんです。

正義感なんて必要ありません。

まぁどちらにしたって2030年までに全人類がSDGsに賛同することはありえません。

賛成も反対も尊重されてこそ自由主義国家です。

ただ確かなことがあるとすれば、世界はSDGsの目標を達成するため2030年に向けて歩み始め、もはやこの流れが止まることはないということです。

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