松田町にとってSDGsは新しいようで古くから根付く価値観だった

神奈川県において、サステナビリティという文脈でいま最も注目を集めているのが松田町だ。

神奈川県の西部に位置し、足柄上郡に属する町だ。

決して大きいとは言えない町だが、実はSDGs未来都市に選定されている。

生まれてこのかた神奈川県に住み続けている筆者だが、松田町の人からお叱りを受ける覚悟で正直に申し上げると松田町については

「電車に乗ったり高速道路を走ってるときによく聞く町名」

くらいの知識しか持っていなかった。

ただ、筆者最大の関心ごとであるサステナビリティにおいて、優れた取り組みをしていると評価されている町なのだから、行ってみないわけにはいかない。

というわけで今回はそんな松田町にお邪魔し、役場の方たちからお話を伺った。

SDGs未来都市とは、SDGsの理念に沿い、経済・社会・環境の3つの側面から新たな価値を創出する取り組みを推進しようとする地域の中から、特に優れた取り組みを提案する自治体として政府から選定される都市・地域を指す。

自己紹介

(写真左奥:眞壁さん、写真右手前:小林さん)

—–お二人の普段のお仕事について教えてください。

小林さん:メインは住民基本台帳システム関係をやっております。

街のデジタル化の関係から住基システム、職員用システムなど、情報システム全般を見ながら、SDGsに取り組んでいます。

眞壁さん:私は部署でいうと「環境上下水道課」の環境公園係ですが、業務内容は幅広いです。

生活ゴミの収集事務の処理、動物関係、し尿処理、生活環境全般、公害や野焼きなどの苦情の対応など。

その傍らで、脱炭素化に向けた、再生可能エネルギーの利用促進関係をやっています。

—–お二人とも松田町のご出身ですか?

眞壁さん:私は松田町出身、松田町育ちです。

小林さん:私は埼玉から移住してきました。

5~6年前に、子どもが小学校にあがる前のタイミングで転居をしてきました。

—–小林さんはなぜ松田町に移住をしてきたのですか?

小林さん:夫が松田で生まれ育ちまして、いつかは戻りたいという強い意志がありました。

そして私も帰省する中で松田町を見てきましたから、この環境で子供を育てたいなと感じるようになりました。

眺めも良いし、のんびりした雰囲気もあり、とても魅力を感じ、迷うことなく移住を決めました。

松田町の魅力や特徴

—–松田町の魅力や特徴について詳しく教えてください。

眞壁さん:交通の便がいいですよね。

電車なら小田急線で小田原や新宿にもいけるし、御殿場線も通ってます。

車の場合も東名高速道路が通ってますし、現在は新東名高速道路がつくられているので、開通すればさらに交通の便が良くなると思います。

小林さん:子どもたちにとっての安全は松田町ならではの魅力です。

小学生が下校の時間になると「見守りをお願いします」と防災無線で流れるんです。

そうすると、ボランティアの人達が出てきて、下校している小学校の児童を声がけしながら見守っているんです。

私は帰省時にその光景を見て、なんて温かいんだろうと思いました。

私が以前住んでいたところだと、知らない人には声をかけてはいけない雰囲気がありました。

もちろん町と市とでは人口規模が違うんですけど、近所の人の顔が分からないのが普通だったので、松田町で子供たちがサヨウナラと大人たちに声をかける光景に感銘を受けたんです。

自然環境もいいんですけど、子どもにとっての安心や安全という点で、親目線で刺激を受けました。

—–お二人のオススメスポットはありますか?

眞壁さん:松田町と言えば西平畑公園の桜ですね。

普段は町中にいる人はそこまで多くないんですけど、桜まつりの期間中は人であふれかえります。

河原に臨時駐車場をつくっても入りきらないほどです。

春は桜ですが、冬にはイルミネーションも見られますよ。

小林さん:お天気カメラが付いていて、桜が咲いている時期にはテレビの中継でも流れるんです。

眞壁さん:早咲きの桜といえば河津桜の地名にもなった河津町が一番の名所だと思いますが、おそらくその次には松田町が出てくるくらいには有名だと思います。

桜だけでなく、1月頭から2月下旬にかけてみられるロウバイもおすすめです。

時期が合えば松田町の桜、ロウバイ、小田原市の曽我の梅林の3つをはしごしてみることもできます。

また、西平畑公園からの景色は関東の富士見百景にも選ばれており、富士山をバックに桜を撮影できるので、写真を撮りに来る方も多いです。

眞壁さん:それから松田町の伝統芸能である「大名行列」も、町民からは親しまれています。

所説あると思いますが、明治の廃藩置県で旧小田原藩主が東京へ移る際、松田の住民が後世に残したいという想いから技を習得したのが、松田での始まりとされます。

毎年夏に開催されているまつだ観光まつりでも披露されます。(昨年はまつだ産業まつり)

小林さん:豊かな清流も松田町の魅力の一つです。

松田町の町章は、西丹沢の美しい山なみと酒匂川の清流を表しているんです。

眞壁さん:寄(やどりぎ)の清流マス釣り場奥の水路沿いでは、6月になるとたくさんのホタルが見れます。

寄は豊かな自然に囲まれている場所なので、昔から自然を守りたいという意識が根付いているんだと思います。

最近はホタルが見れる場所も減ってきていますから、そういう意味でも、松田町には豊かな自然が残されていることの証だと思いますし、生態系を守ってきた地元住民の方たちの努力の結果だと思います。

松田町のSDGsの取り組み

—–松田町のSDGsの取り組みについて教えてください

小林さん:第6次総合計画を2019年に策定したんですけど、その中の基本構想にSDGsのゴールをあてはめました。

これが松田町版SDGsで、まちづくりアクションプログラムを取り組んでいくことで、SDGsのゴールが達成される想定です。

何かの目標に特化して取り組んでいるというより、町の事業すべてがSDGsの目標に紐づいています。

眞壁さん:町の取り組みすべてがSDGsに繋がっているのですが、対外的に分かりやすくアピールできるものはいくつかあります。

一番の目玉は「木質バイオマス」です。

以前まで松田町ではあまり間伐材を有効活用してこなかったため、ここに着目しました。

松田町には健楽の湯という公共の温浴施設があり、以前までお湯を温めるためのボイラーで灯油を使用していたんですが、未利用間伐材で代替することにしました。

これにより、脱炭素化も図れるし、森林保全にもなり、資源の地産地消にもなる。

地元の薪の製造団体さんに発注をしていますから、経済の循環も生まれます。

今のところ木質バイオマスは公共の温浴施設で導入していますが、今後はご家庭や民間企業さんにも波及してほしいなと思っております。

SDGsと聞いても何をすればいいか分からない、という方は多いと思います。

ただ、木質バイオマスのお風呂に入るだけでも、立派なアクションになります。

地元の経済循環を担っていることになりますから。

—–それではこの後行ってみようと思います!

小林さん:もし行くなら、「のるーと」というオンデマンドバスの利用をおすすめします。

去年の10月から実証実験が始まったばかりなのですが、のるーとも松田町の持続可能性の一翼を担っています。

アプリで簡単に配車手続きができるサービスです。

AIが最適なルートを検索して、希望の目的地に乗り合いで向かってくれます。

位置付けとしては、バス以上タクシー未満です。

高齢化が進行しており、バスなどの減便もあり、自家用車がないと厳しい人も多いです。

そういう人たちにとっては非常にありがたいサービスになると思います。

地域の交通会社のお客さんを奪ってしまうのでは?という懸念を抱く人もいるかもしれませんが、のるーとでは地元のバス会社さんやタクシー会社さんとも提携しています。

できるだけ競合をさけ、むしろ利益を還元し、地域の経済循環に繋がることを期待しています。

眞壁さん:木質バイオマスとオンデマンドバス、これら二つが代表的なSDGsの取り組みです。

ただ、冒頭でも申し上げましたが、松田町のまちづくりの事業すべてがSDGsの目標達成に繋がっています。

その他にも、ゴミを減らすためにコンポスト容器やペットボトル圧縮機の無料配布をしたり、生ごみ処理機の補助金を出したり、色々な取り組みをしています。

SDGsの取り組みの影響

—–SDGsに取り組みはじめてまちづくりに良い影響はありましたか?

小林さん:町ではSDGsプラットフォームを導入し、皆さんの活動や反響を実感できるようになりました。

プラットフォームを活用して小学校の児童に「〇〇をやります」という宣言ができるようになっています。

授業としての取り組みではあるのですが、夏休みの宿題として「電気の無駄遣いをなくす」や「好き嫌いをなくしてフードロスを減らした」とか「ゴミ拾いをした」といった活動を報告してもらったりしました。

今後プラットフォームの機能が拡充され、例えば「マッチング機能」なんかも拡充される予定です。

例えば「これを取り組みたい!」という人がいて、それに賛同する人がいればマッチングする、という機能です。

いまは個々でやっていますが、それが地域内で色々な人たちと繋がり、よりSDGsの取り組みが強化されますし、コミュニティ形成に繋がるというメリットもあります。

ちなみにプラットフォーム上で宣言をすると「宣言書」がもらえます。

賞状のようなものです。

そうした宣言書を企業さんの広報活動などにもご活用頂けます。

眞壁さん:誰でも宣言書をもらうことができます。

うちの環境上下水道課でも宣言書をもらい、掲示しています。

一昨年の産業まつりのときにも店舗で掲示したりして活用しました。

来場者から「この賞状なに?」といった質問を受けたりして、少しでもSDGsに触れてもらう機会の創出につながっていると思います。

SDGs未来都市で得られた恩恵

—–松田町はSDGs未来都市に選定されていると思うのですが、選定されたことで得られた恩恵などはありましたか?

小林さん:松田町のPRに繋がったと思います。

それこそ、本日のインタビューのような機会に繋がったのもそうです。

SDGs未来都市に選定されたことで、多くの企業さんから取り上げていただく機会が増えました。

そして松田町が取り上げられている記事を見て、宮城県町村会さんが、SDGsの取り組みの話を聞かせて欲しいと、わざわざ松田町まで来てくれたんです。

全国的に松田町という町の名前を知ってもらい、興味を持ってもらうきっかけづくりになり、強力な広報効果があったと思います。

ちなみに松田町がSDGs未来都市に選定されたのは、数ある神奈川県の町村の中では初めてだったんです。

そこも注目を集めたポイントだったと思います。

眞壁さん:公共の温浴施設のボイラーに木質バイオマスを導入したのは確か全国的に見てもまれだったんです。

なので、SDGs未来都市に選定されたこと、木質バイオマスボイラーを導入したこと、これらの相乗効果で全国的に広報効果がありました。

今でも年に2回くらいは色々なところからボイラーを視察に来る方がいらっしゃいます。

企業や市民とのパートナーシップ

—–SDGsの目標達成をする上でパートナーシップは不可欠だと思います。企業や市民に求めることはありますか?

眞壁さん:私個人としては、もっと多くの人たちと一緒に取り組んで欲しいなという気持ちはあります。

そのうえで、SDGsに取り組むハードルはもっと下がって欲しいなと。

SDGsを難しく考え過ぎている人も少なくないと思うんです。

ただ、先ほども申し上げた通り、木質バイオマスのお風呂に入るだけでもSDGsに貢献できるんです。

道端のゴミを拾う、生ごみを捨てるときにきちんと水を切ってみる、マイボトルを持ち歩く。

それだけでもSDGsです。

もっとラフに考えていいと思うんです。

言葉だけが独り歩きしている側面もあると思うので、「もっと気軽に取り組めるんだ」という意識がもっと広がって欲しいです。

小林さん:SDGsって聞くと難しく考えてしまう人も多いと思うんです。

ただ、たとえば町長と話ができる懇話会で意見をしてみるだけでも、持続可能なまちづくりに繋がったりします。

「自分で何か新しいことをしなきゃ」と思わずに、「参加してみよう」と思ってもらえれば。

松田町の展望

—–松田町の展望を教えてください。

眞壁さん:SDGsという観点から言えば、脱炭素化を実現したいです。

松田町は「ゼロカーボンシティ宣言」をしており、2050年に向けて二酸化炭素の排出を実質ゼロにしようとしています。

最終的にはこの目標を達成したいです。

小林さん:人口1万人くらいのコンパクトな町で、2014年に一度「消滅可能性都市」として指摘されてしまったことがあります。

2040年に20~39歳の女性が著しく減少してしまう都市のことです。

なので、そこから「なんとか人口1万人は維持しよう」というところに注力をしてきました。

また、「松田ブランド認定事業」なんかもやっているんです。

たとえば寄地区には多くのシカが出るんですが、そのシカをジビエ肉として松田ブランドに認定したりします。

そうした地域資源を有効活用し、かつ松田ブランドを全国的にPRし、自然を守りながら、持続可能な形で松田町を守っていきたいです。

さいごに

SDGsと聞くと、何かとEVや再エネなど「新しいテクノロジー」にばかりが注目されがちだ。

ただ、昔から当たり前に存在した景色を残していく点にこそ、持続可能性の本質がある。

松田町はホタルの持続可能性を守り続けて今日に至っているわけだ。

ホタルが見れる景色は、一朝一夕で作れるものではない。

何世代にもわたって豊かな生態系を守ってきたからこそ、今でもそこに生き付いているのだ。

これは、子どもたちの見守りボランティアに関しても言えることだ。

ひと昔前であれば日本中どこでもありふれた景色だったが、いま都市部ではすっかり失われてしまった景色でもある。

しかし松田町では、今でも当たり前のように取り組み続けている。

地域が一体となって子どもたちを見守り、そして次の世代へと命のバトンを繋いでいく。

SDGsと聞くと、なにかとても新しい価値観のように感じる。

しかし、松田町にとっては昔から当たり前のように取り組んできた営みなのかもしれない。

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