2025年8月5日、日本の群馬県伊勢崎市では観測史上最高気温となる41.8℃を記録した。
その前の週である7月30日には、兵庫県伊丹市で観測史上最高気温となる41.2℃を記録したばかりで、一週間も経たないうちに過去最高を2度も塗り替えてしまったのだ。
こうした極端な気象現象の背景には、言わずもがな地球温暖化という現実がある。
私たち人類は地球温暖化を引き起こす最大の要因である「温室効果ガス」の排出を抑制することが求められている。
その象徴として、石炭はしばしば「悪者」のように扱われるようになった。
もちろん、地球温暖化の大きな原因であること、そして化石燃料への依存から速やかに脱却する必要があることは間違いない。
一方で、かつて石炭は、日本の戦後復興、高度経済成長、そして人々の命と豊かな暮らしを支えてきたこともまた事実だ。
私たちが現在の豊かな生活を享受できるのも、石炭がその礎を築いてくれたからだと言っても過言ではない。
その恩恵を忘れることなく、一方で、次世代に美しい地球を引き継ぐ責任もまた、私たちにある。
過去への敬意と、未来への責任。この二つの思いを胸に、新しい時代へと進んでいきたいものだ。
ところで、かつて日本の近代化を支えた炭都、すなわち「日本一の石炭積出港」として世界にその名を知られていた街をご存知だろうか。
それが洞海湾に面した街、福岡県北九州市若松区だ。
もともと水深が浅く大型船の入港が困難であった洞海湾は、明治23年(1890年)に設立された若松築港株式会社によって、実に60年もの歳月をかけて大規模な浚渫(しゅんせつ)事業が行われた。
この開発によって、若松港は国内最大の石炭積出港へと発展し、最盛期には全国シェアの約50%を占めるに至った。
しかし、昭和30年代に入ると、日本の産業エネルギーは石炭から石油へと大転換を遂げる「エネルギー革命」が起こり、若松は石炭産業の衰退という大きな課題に直面することとなった。
若松火力発電所の運転終了や若松駅の貨物輸送廃止は、かつての繁栄が終焉を迎えたことを象徴している。
この地が未来に向けた新たなアイデンティティを模索する中、私たちサステラは、2025年9月、微細藻類を活用した製品開発を手掛けるサキュレアクト株式会社(@team530_japan)と共同で、J-POWER(電源開発株式会社)若松総合事業所の見学会を開催した。
当日は、サステラの読者に加え、モデルで環境省森里川海アンバサダーのNOMAさん(@noma77777)を迎え、微細藻類培養の最前線を巡る貴重な一日となった。
かつて日本のエネルギー産業を支えた「炭都」若松が、いかにして未来のエネルギーと環境技術のイノベーションハブへと変貌を遂げたのか。
そして、そこに秘められた微細藻類の知られざる可能性について、見学会の様子を交えながら深く掘り下げていく。
未来のエネルギーへの挑戦

J-POWER若松総合事業所が有する広大な敷地は、かつて日本経済を支えた若松火力発電所があった場所だ。
戦後の電力不足を克服するため、1963年に運転を開始し、総出力15万kWを誇る一大拠点であった。
しかし、老朽化と時代の変化に伴い、1980年代にその役割を終えることとなった。
そしてJ-POWERは、この歴史的な土地を、カーボンニュートラル社会を実現するための最先端研究拠点として再構築したのだ。
事業所の敷地内には、陸上風力発電設備に加え、約35.5万平方メートルの広大な敷地を利用した「北九州市響灘太陽光発電所」が設置されている。
最大出力は約30,000kWを誇り、再生可能エネルギー事業への積極的な姿勢を体現している。
さらに敷地内ではユニークな取り組みが行われている。
カゴメ株式会社と共同で、風力や太陽光といった自然エネルギーを活用し、敷地内の大規模なハイテク温室でトマトを栽培しているのだ。
年間約2,500トンものトマトを安定的に出荷しており、これはエネルギー事業の枠を超えた、新たな価値創造モデルとして注目されている。
ちなみにJ-POWER若松総合事業所は普段から小学生を含む幅広い層を対象に施設見学を受け入れており、エネルギーや環境問題への理解を深めるための「環境学習」の場を提供している。
住民との信頼関係を構築することは、かつて石炭火力発電所であった敷地で、脱炭素化へ向けた新たな事業を行う上で特に重要な意味を持っている。
微細藻類が描く、サステナブルな未来

J-POWERと微細藻類。この2つを結びつけるうえで重要な役割を果たしたのが、微細藻類学者の松本氏だ。
何を隠そう、J-POWERの研究所で培養している微細藻類を発見し、命名したのが松本氏なのだ。
彼が発見した高オイル含有量のソラリス株と、耐冷性のルナリス株という2つの特別な藻類が紹介された。
ソラリス株はオイルを豊富に含み、ルナリス株は低温でも安定して生育できるという特長を持つ。
この2つの株を組み合わせることで、年間を通じた安定生産を目指しており、未来のエネルギー源として大きな期待が寄せられている。
特に、ソラリスとルナリスから抽出されるオイルは、化石燃料の代替として活用されることを大きな目標としている。
化石燃料由来のCO2削減を可能にする、極めて重要な挑戦だ。

その後、実際に培養動画を視聴し、目に見えない小さな命が、私たちの生活に貢献する原料へと変わっていく過程を学んだ。
微細藻類を、科学者たちの「研究対象」から、私たちの「暮らし」へと浸透させるため、サキュレアクトは化粧品として活用しているのだ。
多くの化粧品に含まれているパーム油は、生産過程で多くの森林伐採が引き起こされている。
パーム油を少しでも微細藻類に置き換えることができれば、森に住む生き物たちの住処を守ることができ、ひいては温暖化の抑制にも貢献するだろう。
そして化粧品としての活用という段階を踏んでこそ、次の段階として食品、あるいはSAFというより大きな目標も視野に入ってくる。

いよいよ体験タイムだ。私たちは顕微鏡を覗き、微細藻類を観察した。
肉眼では捉えることのできない小さな命が、地球の未来に大きな可能性を秘めていることを実感する瞬間だった。
私はこれまで微細藻類について発信をしてきたが、画像でしか見たことがなかった。
生きている実物をこの目で初めて見た瞬間、心を揺さぶられた。
この生命体が、今後地球の未来を救う存在になるかもしれないと思うと、興奮せずにはいられない。

また、微細藻類から抽出された美しい黄色のオイルを燃焼させる実験や、抽出物を間近で見る機会も得られた。
その多岐にわたる用途に、参加者からは「化粧品だけでなく、医療や食品など、もっと様々な分野での活用に期待したい」といった声が聞かれた。
新たなエネルギーと微細藻類培養の最前線

一連の説明と体験を終え、私たちは屋上へと移動した。
視界に飛び込んでくるのは、巨大な洋上風力発電設備と、役目を終えた石炭ガス化複合発電(IGCC)の試験設備だ。
まるでエネルギーの過去と未来が交差しているようで、なんとも趣深いコントラストだ。
J-POWERは、再生可能エネルギーの導入を積極的に推進しており、洋上風力もその中核を担う重要な事業だ。
次に屋外へ移動し、微細藻類の培養設備を見学した。

微細藻類の培養には、屋外水槽を用いるオープン型と、外気から隔離された容器を用いるクローズド型の二つの主要な方法がある。
それぞれの方法には、培養の安定性や設備コストに関して、異なる長所と短所が存在する。
この問題を解決するため、まずガラス管のような密閉された環境で、雑菌の混入を避けて微細藻類を初期増殖させる。
その後、屋外の開放的な環境に移すというハイブリッドな手法が開発され、これにより培養効率を飛躍的に向上させている。

この培養プールこそ、J-POWERとサキュレアクトが描く、微細藻類による持続可能な社会の実現に向けたロードマップを象徴する場所だ。
透明な水が満たされた広大な培養プールには、この日は微細藻類の姿はなかったものの、微細藻類たちはまさこのプールで培養されている。
今後このプールの規模がさらに拡大し、バイオ燃料を生み出す未来の畑となることを想像すると、胸が高鳴った。
NOMAさんの感想

「植物やウェルネスを探求する者なら誰しも魅了されるであろう、太古より地球上で命をつないできた微細藻類の世界。
松本さんの研究の歩みや、微細藻類ソラリス・ルナリスと出会うまでの経緯を伺いながら、実際にソラリスが海水で培養されている様子を拝見し、徐々に実装が近づく未来のエネルギーに直に触れる事ができたのは、とても貴重な体験であった。
研究所の皆さんにも地熱や再生可能エネルギーの可能性や普及状況についての率直な質問にも丁寧にお応えいただき、良い思考時間を頂いた。」
さいごに

私たち人類は、未だ地球温暖化を抑制する軌道に乗せることができていない。
しかし、微細藻類という小さな生命体が、私たちの未来を大きく左右する可能性を秘めていることも改めて実感できた。
化石燃料に代わる燃料として、また私たちの生活を豊かにする化粧品や食品の原料として、その可能性は無限に広がっている。
その可能性を現実のものとするためには、政府や企業、科学者だけの努力だけでは不十分だ。
生産と消費は表裏一体であり、私たち市民は紛れもなく問題の当事者だ。
私たち市民一人ひとりが、日々の生活の中で環境問題に関心を持ち、小さな行動を積み重ねていくことが不可欠だ。
微細藻類の培養規模は、きっと微細藻類に関心を持つ人の数に比例して拡大していくだろう。
この場所で生まれた対話と交流が、やがて大きな潮流となり、より良い未来を創造する力となることを心から願っている。
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