「普通のコットン」と言ったら、それは遺伝子組み換えコットン(GM綿)の事を指す。
綿花生産のTOP3である中国、インド、米国の綿花全体の約90%をGM綿が占めているからだ。1
1970 年代の綿花栽培では、植物の出現から収穫まで、ほぼ 20 回の化学殺虫剤の使用が必要だった。
植物の出現から収益性の高い莢が開くまで (約 20 週間続く期間)、綿花を昆虫の攻撃から保護する必要があったのだ。
ただ、殺虫剤の使用量増加に伴い昆虫の耐性も進化してきたことで、世界中でGM種子が選ばれるようになった背景がある。
2種類のGM綿
GM綿(遺伝子組み換えコットン)は大きく分けて
- 土壌細菌のBt菌(Bacillus thuringiensis/バチルス・チューリンゲンシス)がつくる殺虫性のタンパク質の遺伝子を綿種子に組み込み、害虫の消化機能に対して殺虫性のタンパク質が損傷を与えることによって駆除する害虫抵抗性の遺伝子組み換えコットン。通称「Bt綿」。
- 除草剤に耐性を持つ遺伝子を組み込むことによって、畑全体に除草剤を散布しても、綿の木だけを順調に成育させることを可能にした除草剤耐性(HT)の遺伝子組み換えコットン。種子をつくる会社は除草剤と除草剤耐性種子をセットにして独占的に販売できる。通称「Ht綿」。
- Bt綿とHt綿のハイブリッド
の3種類がある。
最も普及しているGM綿が、バイエル(旧モンサント)社のBtコットン2で、インドで栽培されるコットンの93%3を占めている。
昆虫が綿を攻撃してきた際、あらかじめ遺伝子に組み込まれた細菌が殺虫成分をもつ結晶を形成することで、害虫被害が抑えられる品種だ。
要するに、コットン自体が殺虫剤としての機能を備えているということだ。
収穫量の増減
なぜGM種子を利用するのか?それは綿花の収穫量を増やし、農家の利益を増やすためだ。
(と言っても、多くの綿花農家は特定の企業から指定された条件で栽培を行う”契約農家”であり、農家には実質的にGM種子を購入するかどうか選択の余地はなく、GM種子を買うお金がない場合には借金をしてでも買わざるを得ないわけだが)
というわけで、GM綿、特に害虫抵抗性(Bt)コットンは、初期には収穫量を大幅に増加させる。これは、害虫による被害が減少するためだ。
しかし、長期的に見た場合、必ずしも収穫量の増加は持続しない場合がある。
というのも、時間の経過とともに遺伝子組み換えコットンが持つ殺虫成分に対する耐性を持つ害虫が現れ始めたり、本来であれば殺虫剤で防除されていたはずの二次害虫が発生するという問題が出てくるからだ。
コーネル大学の研究者、中国農業政策センター、中国科学院が2006年に中国のBtコットン栽培について行った研究では、7年後には、通常は殺虫剤で防除されていたこれらの二次害虫が増加し、非Btコットンと同レベルの殺虫剤の使用が必要になり、GM種子の追加費用のために農家の利益が減少していることが明らかになった。4
2020年にインドで発表された研究結果でも、Btコットンから得られた恩恵は導入初期の数年間に限られていることが明らかになっている。56
世界最大の綿花生産国であるインドでは、その90%がハイブリッドBt綿花であるにも関わらず、インドの綿花平均全国種子収穫量(kg/ha)は世界最低水準だ。
2020/2021年の平均全国収穫量は世界平均をはるかに下回り、経済的に連携した他のBRICS諸国や科学的インフラがはるかに発達していない一部のアフリカ諸国の収穫量も下回っていたのだ。
これでは、GM綿花を導入する大前提である「収穫量の向上」という大義名分は一体どこへいってしまったのか、疑問を抱かずにはいられない。
品質の低下
GM綿は害虫被害を抑えられる一方で、コットンの品質が低下するリスクを抱えている。
2016年、ブルキナファソの綿花会社は、2008年以来栽培してきたモンサント社のBtコットンの国内栽培を廃止することを決定している。
Btコットンが導入される前は、同国の綿花の90%が高品質の中長繊維綿花に分類されていましたが、Bt綿花導入後の数年間でこの基準を満たしたのはわずか20%にまで低下。
モンサント社は、2010年から2011年にかけて品質低下の補償として約300万ドルを支払っている。7
リスク
GM綿を完全否定する気はない。
農薬の散布量を減らすことで農薬中毒の件数が減った事例もある。8
ただ、遺伝子組み換え技術は、地球環境や生態系にどんな影響を及ぼすか、人類はまだそのリスクを把握しきれていない。
遺伝子組み換えに関する研究論文も、バイオテクノロジー関連企業から資金提供を受けていたりして、正直どこまで信用に値するかも分からない。逆にGM綿を批判する側も先鋭化している場合があり、GM綿批判ありきのポジショントークと言わざるを得ないような記事や陰謀論に近い情報も沢山あったりする。この記事を書く際に信頼に値する情報源を当たるのは非常に苦労した。
遺伝子組み換え植物は他の品種よりも優勢になるように設計されているため、交配が行われるとGM品種が広がり、野生種・在来種を駆逐してしまう可能性がある。
また、遺伝子組み換え種子は特定の種類の農薬と一緒に使用するように設計されることが多く、これにより農家は有毒化学物質の使用を余儀なくされるスパイラルに陥ることになる。
農家は種子を保存できず、より高価な種子や化学薬品の費用を賄うことができず、借金の連鎖に陥る可能性もある。
個人的には、コットンという農作物の大部分が、たった数社の大手多国籍企業に命運を握られていることへの懸念を抱かずにはいられない。
そして何より、日本ではほとんど綿花が栽培されていないせいか、GM綿やBT綿に関する情報のほとんどが英語であり、日本語ベースではほとんど存在しない事実に、危機感を抱いている。
遺伝子組み換えではないコットンを選ぶうえで活躍するのが認証だ。
GOTSの場合、「遺伝子組み換え技術を用いない」という基準をクリアして初めて認証を受けることができる。
生態系への影響
何百万年もの間、変化する気候を生き抜いてきた作物の野生近縁種(CWR)は、遺伝的多様性に富む資源だ。
野生近縁種とは、共通祖先までの世代数が近く、血縁度の高い種のこと。簡単に言えば「野生の親戚」。
様々な気候条件に適応し、生き残るのに役立つ特性がDNAに蓄えられている。9
こうした遺伝的な多様性が、気候変動に適応させるための解決策を提供してくれる可能性を秘めている。
干ばつ、暑さ、洪水、痩せた土壌などの厳しい条件に耐えられるように進化した野生生物は、より耐性のある食用作物の開発に役立つ遺伝的特徴を持っている。
いま地球の気候は急激に変化しており、作物も変化する環境に適応する必要に迫られている。
たとえば過去30年で最悪の干ばつに見舞われているモロッコでは2022年にある小麦が誕生した。
干ばつに強い耐性がある「ジャバル小麦」と呼ばれる品種で、乾燥地域での持続可能な農業に貢献してくれる。10
そしてジャバル小麦は、栽培デュラム小麦とシリアで採取された野生の近縁種を交配して誕生した品種だ。
ただこうした小麦の新品種も、野生近縁種が存在しなければ誕生しなかったはずだ。
私たちは「今」起こっている問題に対処するための行動をとろうとするが、「未来」にはどんな問題に直面するかは分からない。「今」とっている行動が、「未来」の問題解決の足かせとなる可能性だってある。
それこそGM綿は「除草剤耐性」とか「害虫抵抗性」といったように、特定の課題に対処する遺伝子が組み込まれているが、これは今まさに直面している問題だけにフォーカスしている事例だろう。
これからも変わり続ける気候に適応するたびに、大手バイオテクノロジー企業が作ってくれる新たなGM種子に期待し続けるのか?農家がこれからも高価なお金を払い続けて?そんな状態を一般的には「持続可能」とは言わないだろう。
気候が変われば、新たな環境に適応しようとするのが自然本来の姿であるはずだ。
だからこそ、今後どのように気候が変わっていくとしても、強い形質を提供してくれる野生近縁種の遺伝的多様性が大切なのだ。
遺伝子組み換え作物と野生近縁種との交雑により、意図しない遺伝子が野生種に広がることで、野生種の遺伝的多様性が変化し、生態系に予測不能な影響を与える可能性がある。
現代の作物育種は、比較的狭い範囲でのみ高いパフォーマンスを発揮するエリート品種にのみ焦点を当ててきた。
しかしこれでは、今後予測できない環境の変化に適応することはできない。
ちなみにメソアメリカは、作物の起源、多様性、栽培化の中心地であり、重要な 「野生近縁種」多様性の中心地と考えられている。
トウモロコシ、カボチャ、トウガラシ、豆、アボカド、バニラ、綿など、 世界で最も重要な作物の約 8%が、約 10,000~5000 年前にこの地域で栽培化された。
しかしメソアメリカに生息する野生近縁種の大部分が絶滅の危機に瀕していると考えられている。
メソアメリカには推定 3,000 種の固有の顕花植物が生息しているが、21 世紀初頭までに元々の在来植生の 80% 以上が失われてしまった。そして遺伝子組み換え技術が、絶滅危機の要因の一つになっているのだ。11
人類は本当に手放しで遺伝子組み換えコットンを受け入れ続けても問題ないのか、改めて立ち止まり考える必要があるかもしれない。
参考文献
- https://www.ethicalconsumer.org/fashion-clothing/ethics-cotton-production ↩︎
- https://www.ethical-clothing.com/blog/gm-cotton-clothing/ ↩︎
- https://www.nature.com/articles/nature.2012.10015 ↩︎
- https://news.cornell.edu/stories/2006/07/bt-cotton-china-fails-reap-profit-after-seven-years ↩︎
- https://enveurope.springeropen.com/articles/10.1186/s12302-023-00804-6 ↩︎
- https://www.frontiersin.org/journals/plant-science/articles/10.3389/fpls.2023.1102395/full ↩︎
- https://www.reuters.com/investigates/special-report/monsanto-burkina-cotton/ ↩︎
- https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7061863/ ↩︎
- https://www.nongmoproject.org/blog/wild-relatives-hold-more-solutions-than-gmos/ ↩︎
- https://www.croptrust.org/resources/new-drought-tolerant-durum-wheat-could-transform-farming-in-dry-regions/ ↩︎
- https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ppp3.10225 ↩︎
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